懺悔という名の
「珍しいですねえ、あなたがこんなに酔っているのは」
「酔ってねえ」
「酔っ払いの常套句ですよ」
そう言って槇原は水を一杯注文した。旧友に、それも自分から誘うことなど滅多にない谷地が、珍しく酒が入って耐えきれなくなったように槇原に電話して一緒に飲まないかと言った。普段は強い酒を水のように流し込んでも平然としている谷地がここまで鬱々としているのは珍しい。珍しすぎて槇原は写真でも撮っておこうかと思った。バーテンに出された水のグラスを谷地に握らせる。
「で? なにがあったんですか」
「なにって」
「あなたが私を誘うときは、決まって落ち込んだときか、そうでなかったら何かやらかしたときです」
友人として信頼されているのは嬉しいですけどね、と槇原は付け足す。そろそろ本題に入らせないとこのまま潰れてしまうだろう。
「……」
「なにかしましたね? それもとんでもないことを」
「訴えられたら負ける」
「早く言いなさい」
自分で呼び出したくせに渋る谷地の背を槇原は軽く叩いた。猫背になるくせは昔から変わっていない。
「……学生、二十歳くらいの男」
「学生? ああ、あなた今大学にいるんでしたね」
「薬飲ませてレイプした」
「……」
槇原は絶句した。
谷地は気まずそうに目をそらして酒を舐めた。じっくり一分は硬直していた槇原が世界一大きなため息を吐く。
「ばっ…………かですねえ」
「わかってる」
相手があなたじゃなかったら今すぐ警察に突き出しているところですよ、と槇原は息巻いた。本当だったら相手が友人であろうと警察には突き出したほうがいい。
「今更性別どうこうなど言うつもりはありませんが、なんでそんな馬鹿なことを」
「抱きたかった」
「バカ」
「わかってるって」
「本当に分かってる人間はまず強姦などしません。それでどうしてあなたは今檻の中じゃないんですか? 相手の生徒を脅しでもしてるんですか」
「してねえ」
「ではなぜ」
「……」
谷地はまた黙った。口を開かぬ理由にまた酒に口つけようとしたので、槇原はグラスを取り上げた。手から逃げたグラスを谷地はぼんやりと見た。
「かえせよ」
「本題はあなたの罪ではなくこちらですね? 唇をとがらせたってかわいくありませんよ。その子はなんと?」
「泣いてた」
そりゃそうでしょうよ。そう言いたい気持ちを槇原は眉間を抑えて耐える。じろと睨んで先を促した。
「そいつ俺のことが好きらしい」
「ぶは」
槇原は口に含んだジントニックを器官に滑らせて咽せた。
「一回抱ければ人生終わってもいいと思ってたんだが、こういうときはどうしたらいい」
「……」
今度は槇原が口をつぐむ口実にバーテンが差し出したおしぼりで口を拭いた。
冗談じゃない、相談でもなんでもないただの惚気話ではないか。槇原は世界記録更新の長いため息をついてまたジントニックに口をつけた。
のろけやないかい