百遍でも二百編でも

「どう? センパイ、オレたち付き合って三ヶ月だけど、飽きてない?」

 一糸まとわぬまま、布団だけ引っ掛けた沢木が木村に話しかける。何度か体を重ねた木村は早いものでその要領を掴み、今日とて自分の相手を散々鳴かせたあとのことだった。
「……飽きる? なんだ、沢木、俺はなにか間違えたのか」
 三秒ほど沢木の言葉が理解できなかった木村は、若干の焦りを滲ませてそう返した。もっとも、沢木にすらその焦りを感知するのは難しいほど鉄面皮だったけれど。
「いや、間違えたなんてことないよ、なんにも。んでもさ……毎週みたいにセックスしてるし、そろそろオレに飽きるころかなあ、って」
 こともなげに沢木はそう言って頬杖をつく。木村には言ってる意味が分からなかった。自分にそう訊くのは筋違いだろうとすら思う。付き合い始めて三ヶ月、木村の記憶では、沢木は日々の尻軽が嘘のように、他の人間と性交渉は行なっていなかった筈だ。
「飽きたのはお前の方じゃないのか」
 素直にその言葉がまろび出た。怒っているつもりではなかったが、語気が強くなったようにも思う。沢木は小動物のようにぴくりと耳を動かして、目線を下にずらした。
「ちがうよ、」
 は、と沢木は乾いた声で笑った。
「ちがう、ちがうって……飽きてなんかいないよ」
「俺のことが嫌になったか?」
「ちがうってば……」
「はっきり言え」
 俺は言われないとわからない、以前もそう言った筈だ。
 沢木は伏せていた目線を少しだけ上に戻して、木村をちらと見た。怒られるのを待っている子供のような、あるいは怯えている小さなけもののような、そんな表情だった。
「センパイ、ずっとオレのこと側においてくれんの?」
 つう、と一筋涙が沢木の頬に落ちた。木村は驚いて、ほんの少しだけ目を見開く。沢木は落ちる涙を拭ったが、今度は反対側の瞳からまた雫が落ちる。ぼたりと、とうとうシーツに落ちた。
「沢木、」
「オレさ、あんたに本気になるの怖いよ」
 絞り出すように沢木はそう呟いて顔を何度も擦った。すん、と鼻をすする音が聞こえた。木村は、即答してやれなかったことを後悔していた。自分の口の重さが嫌になるほどに。口より先に手が出て、沢木の腕を掴んでいた。
「……沢木!」
「なんっ、だよ! 声でっけーよ……」
 恨み言を言いながらも涙は止まらない。怖がっている表情だった。
「俺は、まだ、お前の信用に足らないか」
「ちが、」
「違うものか。俺はあと何度好きだと言えばお前に信じてもらえるんだ」
 怒っているつもりはなかった。半ば懇願に近かった。
「ちがう、ちがうんだって、センパイが悪いんじゃないんだよ」
 薄暗い部屋で印象的な石竹色が揺らいだ。拭うものがなくなった雫は顎まで伝って落ちる。
「だってコンキョもショーコもないじゃんか、ずっと好きで、覚えててくれるなんて、オレだって難しかったんだよ、簡単にできるわけないじゃんか」
「信じられないか」
「信じてるけどさ、でも怖いもんは怖いよ」
「なら百遍でも二百遍でも言ってやる! お前が好きだ!」
 ひく、と涙で濡れた喉がなる。
「足りないならお前が満足するまで言い続ける。何度だって抱く。お前が拒絶するまで、お前のことを放してやるつもりはないからな」
 そう言って木村は沢木を引き上げて抱きしめた。痛いくらいに強い力だったが、沢木にはそれが心地よかった。肩口に顔をうずめる。
「……うそ、ついたら。嫌いになるからな」
「心配することはない」
 ぐすぐすと鼻をすする沢木を撫でながら、木村は今日初めて顔に出して笑った。


木村先輩マジかっけー……