Our Lady

「Are you kidding me?(冗談でしょう?)」
 ロサンゼルスにある高層ビルの窓際でニコラスは呟いた。
「冗談は言っていない。お前なら壁を登るくらい造作もないだろう」
「可能であるならもう少し普通の経路を望みたいものです」
「考えられる限りそこが一番スマートなんだ。ミッション・インポッシブルくらい見たことあるだろ」
「私にトム・クルーズになれって言うんですか? 荷が重い」
 ターゲットはこの階のさらに二つ上階、一般人からは隠されたオフィスに、目的のデータが隠されている。ニコラスの任務はそのデータを盗み取ること。協力者である新庄からの通信に、インカムを投げ捨てたくなった。
「手袋のほかに、小型のドローンも入れておいた。可愛がってくれ、名前は、そうだな……レディバ」
「なんです? テントウムシ?」
「ポケモンくらいやっておけ」
 高層ビルの壁を伝うための特殊な手袋をはめて、ニコラスはちらりと下界に目をやった。命の危機にくらい何度も瀕したことはあれども、慣れるような、慣れたいものでは決してない。この手袋とやらもどこまで信用できるのか、仕事のために多くの知識を頭に入れているものの、組織にいる科学者の言うことまでは理解できやしないのだ。
 一緒に入っていた指輪ケースほどの箱を開けると、ピピ、という微細な起動音とともに小鳥ほどのドローンが飛び出した。目の前をくるうりと一度旋回すると、ニコラスの肩に飛び移る。
「異常察知と電波阻害装置……あとはまあ使えそうなものはそれなりに入れてある。少し遊びすぎた」
「これは可愛らしいお友達ですね」
 ニコラスが指先でちょい、と触れるとくすぐったそうにドローンが身じろいだ。キュンと羽を回転させると窓に向かって飛んでいく。吸盤でも付いているのか、ぺたりと窓に張り付くと、そのままギャギャギャギャ! と音を鳴らして窓に穴を開けた。
「レーザーもつけた」
「……」
 瞬く間に通り穴を作るとついとまた戻ってくる。冷や汗は出なかったが、ニコラスは少し肩をすくめた。上手くいってご満悦なのか、新庄は満足そうに笑っている。平然としているが、この危険極まりない技術者を目の届く範囲に保護できたことは幸運だったとニコラスは思い返していた。
「……頼もしいOur Lady(聖母マリア)、行きましょうか」
 チュイ、と羽が回転を始めていた。


ハリウッド! スパイ! アクション!