もう一回見たい
「あのぉ」
宴もたけなわ、そろそろ酔い潰れ始めた人が出てきて、まあそろそろお開きになるだろうな、という頃合い。出演者と談笑していた谷地は後ろから声をかけられて振り向いた。
ゆらりと頭がふわふわして、明らかに酔っているだろうなという青年がちょこりと座っていた。
「二重くん」
「……やちさ、ん」
さて、自分は彼にはあまり好かれていなかったように思うと谷地は顎を撫でた。なんだか素っ気無いように思えたし、演技演出以外のことでまともに話せた記憶はなかった。あの、と酒気で顔を赤くして呟いた二重は、指先をもじもじと擦った。俯いたまま沈黙され、周囲の視線がなんだなんだと集まってきたので、谷地は顔を覗き込む。
「……どうしたの」
「……その……」
「ん?」
「……台本にサイン、いただけませんかっ」
がば、と俯いていた顔を上げて二重が叫んだ。耳まで顔を真っ赤にしてうっすら涙を浮かべながら、抱えていた鞄から台本を取り出す。
「え、ああ……いいけど……」
そんなこと、と谷地は台本とペンを受け取った。
「誰かに頼まれたの?」
谷地がサインを書き込んで二重に台本を返す。あぅ、とかうぅ、とか口を鯉のようにぱくぱくさせていた。やっとありがとうございます、とふにゃふにゃの口で言うと、受け取った台本を大事そうに抱えた。
「ぼくが欲しかったんです……」
「えっ」
「ありがとうございました……」
酒気か羞恥か、赤くなった頬と耳に固まっていると、またふにゃふにゃの声がして二重は自分がいた席まで戻ってしまった。はてさて演技以外ではあんなにこやかな顔は見たことがないぞと谷地はもう一度顎を撫でた。周囲のにやにやとした視線は感じていたが、しかしもう少し見ておけばよかったと思うのだった。
あとがき