どうしようもないひと
ベッドの上。倒れてしまえばそこはシーツの海なのに、二重は腕の中に閉じ込められていた。一糸もまとわぬ裸のままで、高価そうなスラックスに跨って身を震わせている。
「はぁっ、あ、ん……」
薄く煙草のにおいがする空気を吸い込んで、二重はしがみつく力を強くした。ぬちっ、と粘っこい水音が、自分の肛からするのに耳を塞いでしまいたかった。
直径数センチの球体が数珠のように連なった、プラスチック製の、いわゆるアナルビーズという玩具が、愛しい人の指によって出たり入ったりする、なんて、なんて趣味が悪いんだろうと赤面する。自分の体ははしたなくもこいびとの性器で可愛がられることを今か今かと待っているのに、本命は未だスラックスの向こうに閉じ込められたまま、自分は膝の上で泣かされている。
「んんッ、う、ぅう〜……」
自分ではない体温が性感を煽るために尻を掴んだり、背骨をなぞったりするたびにぞくぞくと電流が昇る。それにしたって意地が悪い。
「せんせえっ……!」
涙声の懇願にも目の前の男は答えない。まるで卵でも産み落とすように、小さなボールがぽこり、とまた出て行く。抜き差しされるたびに大げさに反応する自分のからだが恨めしい。勃ち上がったまま触れられもしない先端からとろりと先走りが流れる。相手の衣服を汚してしまうと考える余裕はどこかにあったが、意味のある言葉は出てこなかった。
一体今日で何度、後ろに挿さった玩具が往復したかはわからないが、少なくとも、教えられてもいないボールの数がわかる程度には嫌気がさしていた。
「やだぁ、せん、せ、これっ……」
「ん、」
「こ、もう、これいやだ、せんせいの、いれてよぅ」
しゃくりあげて幼子のように鼻をすする。強請っていることはそうそう幼子らしくはないが、なりふりも構っていられない。力の入らない手でベルトを緩めた。はやく、はやく。
十個ついたボールが全部入ったとき、不意に弄んでいた手が離れた。震える手に長く骨ばった手が重なって、ジッパーを下ろす。その動作が妙に色っぽくて、二重は無意識に生唾を飲んだ。ずるり、と本当にこれが収まっていたのか、既に勃ち上がったものが頭をもたげた。カッと顔を赤くして、二重は小さく声を漏らす。
「咥えられるか?」
そう言って細めた目で見られている。口ではそう言うが、二重に抵抗する権利などないし、する気すら起きなかった。咥えろ、と命令しているのだ。
言われるままに、二重は口を開ける。はしたなく舌を出して、唾液をまとわりつかせながら咥える。長い。入り切らなかった根本は手で扱いた。くしゃりと髪を撫でられる。じゅるじゅると音を立てて吸うと先走りが溢れてきて、それが少ししょっぱい。
この、いとしい人が、自分で興奮していることが堪らなくよかった。このときばかりは、自分が『してあげる』側になれる。ああ、本当に、このままこのひとを全部飲み込んでしまいたい!
髪を撫でていた手に耳を塞がれる。ちらりと見上げると、いつも青白い頬に少しの赤が浮かんでいたので、ああ気持ちがいいんだろうと思う。このままもっと奥まで可愛がってあげたくて、ぐっと奥まで押し込む。ぐちゅッという音が頭蓋に響いた。まるで脳みそまで性器になってしまったようで、失神してしまうかと思った。
「ん、んぐッ〜〜、ゲホッ、はぁ、ぇふ」
しかし当然脳みそは残念ながら性器ではなかったので、喉を突かれ咳き込んだ。喉に残るえぐみに生理的な涙が出た。むせ返って唇からだらりと唾液が糸を引く。酸欠の頭はもうネジが外れている。口から離してしまったものをもう一度咥えようと舌を出したのに、急に視界が反転するので軽く噛んでしまった。
とうとう体が海に沈んだ。引っ込めた舌を指で挟まれて引っ張り出される。口を閉じることができないので犬のような呼吸しかできない。ひどい顔をしているだろうに、懇願するように指に甘噛みをした。それこそまるであなたに従順な犬ですと宣言しているように媚びる。
「……はは、」
渇いた声で、谷地が笑う。
灰色の瞳が爛々と光って、独占欲と支配欲を隠しもしないで。ああなんてかわいい人だろうと二重も目尻だけで笑った。
「ぉあッ、ァ、〜〜ッ……!」
ずぬるるる、と音がしたような気がした。腸内に収まっていた玩具が一気に引き抜かれて、粘膜がひくつく。電流でも流れたように体を仰け反らせて、声にならない悲鳴をあげていた。
「えぅ、あ、うくッ、んん、ん」
舌を嬲った指が唾液を絡ませたまま、びくりびくりと収縮する穴に三本突き立てられてぐちゃぐちゃにかき回される。自分はいつからこんな淫奔なおとこになってしまったのだろうと、二重は恥じ入った。早く、はやくそれを自身に突き立ててめちゃくちゃにしてほしいとひどく願っていた。そうして、ぐずぐずに溶かされた自分を見るあなたが見たいのだ。
「あぁ、ぁ、やっと、」
鎖骨の上に歯を立てていくつも真っ赤な痕をつけるような人なのに、挿れるときはちゃんとコンドームをつけるのが愛おしくてたまらない。首筋の痛みと、はらの奥の圧迫に挟まれて心臓が蕩けてしまいそうになる。
「んぅッ、く、ぁああっ! ァ……ッ!」
散々焦らされた体がぐ、と最奥まで押し込まれて呆気なくいってしまった。腸壁が絞るように動いているのが自分でもわかった。
「あっ、あ、あ……っ? まッ、まって」
びくつく穴から、ぬる、と熱が抜けていく感覚がする。まさか。
「いやだ」
にや、と三日月のような口で笑うのだ、この男は。
「い、いまはだめ、ま、ぁッ、あ、あぁ!」
自分の脚が体にくっつくくらいに折り曲げられて、一気に突き上げられる。いったばかりの胎内はぎゅうぎゅうと締め付ける。落ちる、おちる、快楽の海に落ちて溺れてしまう。
「みッ、ちやさ、だめ、あ、イッ、あぁ、うそ、また、またくる、あんん!」
もう何回もいっているのに、突き上げるのは容赦がない。喘ぎ叫んで粘つく唇をふさがれて舌が絡んだ。
「っふ、んん! んぅうう、んはァ……!」
どちらのともつかない唾液を飲み込んで、息継ぎのように唇が離れる。
見上げた谷地の表情といったら! まるでけものだ。捕まえた獲物に食らいついて、肉も内臓も、骨すらも貪るような顔をしていた。二重は自分の心臓は取り出されて食われでもしたのかと錯覚する。赤面して自分の口元に手を当てた。視線にすらぞくぞくする。とうとう涙目で目を逸らした。
「は、かわいいなァ、お前は」
掠れた、低い声が空気を震わせた。
「あっ、うぁ、あーっ、やぁあ、みちやさ、いい、気持ちいい、すき、好きです、ひ、あつい、いく、はぁっ、あぁあ!」
身も世もなく泣き叫んで吐精した。谷地も二重の胎内の一番奥に精を叩きつけた。下半身が飴のようにどろどろに溶けてしまうようだった。じとりと汗に濡れた自分の皮膚すら邪魔になる。
「……ああ、俺も」
ようやっと囁かれた躊躇うような声に応える前に、また唇が合わさる。ずいぶんと長いキスだった。実際のところ、飲み込まれているのは自分の方なのだろうと自覚はあったが、そんな些細なことは二重にとってはどうでもいいことだった。ただ、このどうしようもない真性のサディストで、そんな彼自身を一番嫌っている彼が好きで愛おしくて仕方がない、それだけなのだ。
孫久くんのことをかわいくて仕方がないし自分のことが大嫌いな谷地道也と、それを全部わかってる孫久くん