楽しんだもの勝ち

 シャチって結構大きいんですね。
 広い水槽の中をシャチがすいすいと泳いでいる。解説ボードに書いてあったけど、シャチはバンドウイルカに並んで哺乳類の中では泳ぐのが一番速いらしい。白い模様がキリッとしていてかっこいい。
「イルカよりでかいからな」
 隣にいる先生は背が高いから、周りの人より頭一つ飛び出ていて目立つ。先生は岩陰から覗いているウツボと目が合っていた。


 金曜日の夜、「お前、何が好きだ」と突然聞かれて、「え、魚?」と答えたら土曜日に水族館に連れていかれた。水族館好きだけど。水族館の前に全然知らない服屋さんに連行されて、よくわからないまま服を買ってもらって着替えて、先生もなんだかお洒落な、でも派手じゃないむしろ落ち着いてて大人の男の人だなあって服を着て、ぼくは先生を「かっこいいなあ」って見てたのに、先生には「服に着られてるな」と鼻で笑われた。いったいいくらするんだか見当もつかない服なんだから当たり前じゃないか。
 先生の車に運ばれながら、いつのまにか都外の水族館まで来ていた。土曜日だから人も沢山いたけれど、中にはすごく大きな水槽があって、自分が海の中に沈んだみたいだった。綺麗だった。青いきらきらした光の中に、魚がたくさん泳いでいた。久しぶりに来る水族館にぼくは小さい頃に戻ったような気持ちになって見ていたけれど、周りがカップルばかりなことに気づいてどきりとした。
 そういえばそうか。土曜日なんだから、そういう人たちもたくさん来るよね。周りのカップルは手を繋いでいたり、ちょっと目をそらしたくなるくらいくっついていたりして気まずくなる。いたたまれなくなって早足で隣のエリアまで歩いた。先生は不思議そうな顔をしていた。
 それでもどこもかしこもカップルばっかり目に入って、だんだん魚に集中できなくなって俯いた。俯いた目線の先でテナガエビがこちらを見つめていた。
「どうした」
 先生もこっちを見てた。周りがカップルばかりで先生の隣にいるのが申し訳なくなりました、なんて言えなかったけど、先生は多分聡いからこういうのはすぐわかってしまうんだろう。ぼくが眉を下げて見上げただけで、少し周囲を見渡しただけで、先生は全部わかってた。先生は馬鹿だな、って言いたげに苦笑いして、ますます申し訳なくなった。これはもう仕方ない、ぼくの性分なのだ。いつまでたっても先生に何回好きって言ったって、自分にずっと自信がないんだ。せっかく遠くまで来たのに、せっかくきれいな服を着ているのに、せっかく先生と一緒に出かけられたのに、ぼくは泣きたくなってしまった。
「……せん、」
「ここ、くらげのでかい水槽があるらしい」
「へ?」
「俺が見たいからついてこい」
 先生はそう言うとぼくの手をつないだ。指を絡ませて、いわゆる、その、恋人つなぎ、みたいに。
「……いやならやめるぞ」
「! や、じゃない! です……」
「そうか」
 先生と手を繋いでるときはずっとどきどきしていて、多分普通より、くらげの水槽が綺麗に見えてた気がした。背の高いおじさんとぼくみたいな男が手を繋いでるのは、周りの人にはどう映ったんだろう。でも先生が気にしなくていいって振る舞ったから、もう考えないことにした。というより、どきどきして考えられなかったんだけど。
「ね、先生、ここシャチもいるんでしょう。見に行こうよ」
「ああ」
 せっかく先生と一緒に来たのに、下向いてたらもったいないよね。ごめんね先生。
 シャチを見に行こう。先生にちょっと似てるんだ。


水族館デート