ミッション:気付かれないようにキスをしよう

 これはまたとないチャンスなんじゃないだろうか!?
 二重孫久は興奮していた。
 視線の先にあるのはやたら高級なソファ、バカみたいに手触りの良いブランケット、ふわふわすぎて触っていると意識を失うクッション、そしてその真ん中に陣取って寝息を立てている谷地道也。ここ最近著作の執筆作業で眠る時間が一緒にならず、一緒にベッドに入らなくなって一週間と二日が経過している。寝不足なのだろう目の下にはうっすらくまが浮かんでいる。
 それより何より。
 同じベッドで眠りにつくことはあれど、谷地は二重の後に眠り先かほぼ同時に起きてしまうので、二重は谷地の寝顔をほとんどまともに見たことがない。そんな谷地が、今、まあなんと無防備にソファで眠っている! なぜベッドで眠らないのかと思ったがこのやたら高級で大きくてふかふかのソファだったらベッドの代わりにもなってしまうだろう。
 とにかく。二重はそんな世にも珍しい現場に出くわしたのである。そんな現場に居合わせた二重の脳裏に浮かんだのは一つ。
(……今、ちゅー、しても、バレないかな……?)
 そう、キスをすることだった。悪戯なんて子供っぽいことはしない。しかしベッドに抱えて連れて行くのも少々困難。珍しいからと先ほどこっそり写真は撮った(あとで眺めてにこにこするのだ)。あとやることといったらもうキスしかない。二重はそう思った。
 二重はキスが好きである。というかべた惚れしている谷地と触れ合うことはなんでも好きなのだが、その全てが緊張してしまってうまくできた記憶は数えるほどしかない。キスくらいもうちょっとスムーズにしたい。だって恋人なのだから。
 二重は膝立ちになって谷地の顔を覗き込んだ。谷地の寝息は静かだった。聞こうとしなければ息をしていないのかと思うくらい。間近で顔を見ているとどきどきしてきた。二重は谷地の顔が好きだ。このままずっと見ているだけでも良いと思ったが、思い切って二重は唇を寄せる。
 目はつむった。
 もう少し、もう少し、……。
(…………ダメだ!)
 あと一センチというところで心が折れた。どきどきしてしまってそれどころではない。諦めて顔をあげようとしたそのとき、後頭部を押さえられて唇が重なった。
「むぐっ、! んん〜〜ッ」
 舌で上顎がなぞられてぞぞぞぞと力が抜ける。押さえられていた手が離れて、慌てて顔を上げる。谷地はニヤニヤと下品な表情で笑っていた。
「腰抜け」
 驚きと快感で二重はぺたりと尻もちをついていたので、言葉通りの意味だった。嘲るような谷地の表情すらくらくらしてしまうくらい好きなので救いようがない。


まだニヤ笑いしてたころの谷地道也