ここにあなたの居場所はないよ/お前がころしてくれた

 遠くで稲妻の光る真夜中、二重はふと目を覚ました。
「……先生?」
 普段ならあるはずの、自分を包む腕がないことに気づいて、二重は後ろを向いた。
「……っ、ふ……」
「せんせ、」
 つ、と谷地の額に汗が伝った。汗を拭う様に頬に触れる。体温が下がっている。呼吸も不規則だった。自分の首元を押さえた右腕は、力むのか時折筋が張る。それでも目を覚まさない谷地を起こさないように、二重は腕を彼の首からそっと外して、自分に回させた。
 悪夢を見ているのだろうか、谷地の眉間には深々とヒビが刻まれている。
「誰がいるの? ……」
 二重は谷地の顔を自分の胸に引き寄せてやわく抱いた。しっとりと濡れた、色素の薄い髪の間を指でなぞる。谷地が低く呻った。
「……早く出て行って。今はぼくのだよ」
 恨みを込めるように、二重が呟いた。
 雷の音が鳴った。




(うるせぇな)
 これなら雷の方がまだマシだ、と谷地は眉間に皺を寄せた。キンキンと響くような声を嫌悪しながらも、谷地は耳をふさぐことができない。
「……っ、ふ……」
 ぐ、と息がつまる。ゾッとするような寒さを感じて、冷や汗が浮かんでいるのに、谷地はどこか冷静だった。自分に馬乗りになる女の顔はもはや見えない。女はずっとなにかを叫んでいる。
(……早く死んじまえばいいのにな)
 酸欠で朦朧としていた。唾を吐いてやりたかった。自分はこの後どうしたっけか、ぼんやりとそう考えていた。
(おれは、彼女に、なにも)
 ひく、と喉がなる。女は後ろへ倒れ込んだ。

「……あ?」
 ばち、と急激に意識が浮上して、谷地は何度かまばたきをした。
「……せんせぇ?」
 頭上から声がする。起こしてしまったのか、谷地は二重に頭を抱えられるように横たわっていた。二重はまだ半分夢の中だろうに、健気に谷地と額を合わせる。
「まだ、いるの、そのひと」
「……いや、多分死んだよ」
 そう、と呟くと、二重はもう一度目を閉じた。つられるようにして谷地も目を閉じた。
 遠のいた嵐の尾を引くように、小雨が窓を叩いた。