仕事行きたくない

 最近めっきり寒くなった。
 故郷のようにしんしんと雪が降るほどではないけれど、布団のぬくい空気から逃れられないほどには。そして、それをこれでもかと体現している人が、ここに。
「せーんせえ、朝だよ」
「…………さむい……」
 地を這うように低い声で、先生は布団の中から呻いている。予約しておいた暖房もついさっき稼働したばかりで、寝室の空気はひやりと冷たい。人一倍寒いのが嫌いな人だから、そりゃあぼくだって優しくしてあげたいけど、残念ながら先生は今日一限から授業があるのだ。それは先生もわかってるはずなんだけど。
「仕事行きたくない……」
「子どもみたいなこと言わないの!」
「大人だから行きたくねえんだよ」
 今日みたいに息が白いくらい寒い日、先生は子どもみたいになってしまう。この人もこんな風になることがあるんだな、と初めて見たときは笑ってしまった。あのときはどうやって布団から引きずり出したんだっけ? あ、思い出した。
「仕方ないなあ」
 丸まった蛇みたいになってる先生を置いて、キッチンに常備してあった乾燥生姜を手にとった。それを軽く刻んで、はちみつと片栗粉と一緒にお湯で混ぜる。ついでに自分の分も作ってしまう。
「いもむし先生」
 布団の中で丸まった冬眠しかけの変温動物を揺さぶると、やっと顔だけは出してきた。生姜湯を渡すとむっくり起き上がって、開いてるんだか閉じてるんだか分かんない口ですすっている。しばらく無言で飲んでいるのを眺めていた。この分ならもう少しでちゃんと起きてくるだろうな。
「二重」
 生姜湯に口をつけながら、朝ごはんの卵を焼いていた。表情は『嫌』をそのまま描いたようだったけど、ちゃんと大学に行く格好で先生はリビングまでやってきた。先生は食パンを袋から出して焼きもせずにかじった。なに? とぼくはフライパンから顔を上げずに言う。
「仕事行きたくない」
「だめだよ」


谷地道也は寒いのが嫌い