先生の瞳は灰色なんですね

「色も白いし、外国の人みたいでかっこいいなあ」
「……そうか」
 俺は灰色の瞳は嫌いだな、と言おうか一秒だけ迷って、すぐにやめた。谷地はよく、こう余計なことを考えてはすぐにやめるくせがある。それが口をついて出るわけではないから、なあんにも考えていないように見えるだけなのだが、結局口には出さないので何も考えていないのと大体同じことでもある。二重は谷地が自分の目の色が嫌いなことを知らないし、それが父親の特異な遺伝によるものだからということも、言ってないから知らないだろう。わざわざ知らなくたっていいのだ、そんなことは。
 二重は窓を開けた。五月の風が庭に咲いたチューリップを揺らすのが見える。二重がチューリップが好きだというので、去年の秋頃に植えた球根だった。谷地はちょうどこういう暖かい春が一番好きだった。
 灰色の瞳が冬の空のようだ、と昔誰かが言った気がする。でも谷地は冬の寒さも雪の眩しさも嫌いであったし、そもそも色なんてどうだっていいのだ。好きな色も特にない。植物の緑色は好きだけれど、植物が緑色をしていなくたって自分は植物が好きだったはずだ。
 そんなことを思っても自分の瞳は灰色のままだった。どうだっていい、けれど、わざわざお前まで言わなくても良いじゃないかと、思って、また口を閉ざした。丸い焦茶色の瞳と目線がぶつかって、それが覗き込んでくる。灰色の目も垂れた目じりも父親にそっくりだと言い放ったのはあの女だけで、お前ではないのは、わかっている。
「……お前は、」
「ん?」
「灰色の目が好きなのか」
 二重には谷地が何を思ってそういったのかは、よくわからなかった。ただなんとなく、毒にしかならないようなことを考えているような気がした。
「……特には?」
「そうか」
「灰色だなあって、思うだけです」
「うん」
 伏し目がちな谷地の表情はわかりにくい。好きだって言って欲しいようには見えなかった。事実、灰色の瞳が特別好きなわけではなく、谷地がそうであるというだけのことでしかなかった。ぼくはいったいこの人のどの琴線に触れてしまったんだろう、と二重は少し眉を下げた。
 自分でも、どう言って欲しかったのかわからなかった。ただ二重が灰色の目が好きだと言ったらどうしようかとは思った。どうもできはしないのだろうが。首を傾げて自分を見るのが、なんの変哲もない焦茶色の瞳で、それがただ自分は好きだと思っただけだった。自分がもし焦茶色の瞳だったとして、何が変わっているわけでもない。暖かい土の色と同じで、冬の空なんかとは真逆な、ただ、それだけで。
「先生」
「……ん、」
「色はね、色だよ。ただの」
「……うん」

 それでも俺は、お前や母と同じ焦茶色の瞳が良かったな、と意味のないことを思った。


谷地道也のお母さんは栗色の髪、灰色の瞳は父親からの遺伝。
孫久君はお母さんそっくり